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京都地方裁判所 昭和62年(行ウ)32号 判決

京都府宇治市五ヶ庄西浦二〇番地の八

原告

小西時雄

右控訴代理人弁護士

岩佐英夫

吉田眞佐子

京都府宇治市大久保町井ノ尻六〇番地の三

被告

宇治税務署長 林素也

右指定代理人

石田裕一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告が原告に対し昭和六一年二月二四日それぞれなした原告の昭和五七年分の所得税の総所得金額を五五七万一、二〇八円、同五八年分の所得税の総所得金額を七二四万〇、二八四円、同五九年分の所得税の総所得金額を五七五万三、二七〇円と更正した各処分のうち、同五七年は一四二万五、〇〇〇円を、同五八年分は一五二万三、五〇〇円を、同五九年分は一五七万五、〇〇〇円を超える部分をいずれも取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。との判決。

二  被告

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  原告(請求原因)

1  原告は、薬、化粧品及び雑貨の小売業を営む者であり、原告の昭和五七年分ないし同五九年分の各所得税の確定申告、更正、異議申立、異議決定、審査請求、裁決等の課税の経緯は、別表甲1に記載のとおりである。(以下、昭和六一年二月二四日付の同五七年分ないし同五九年分の所得税の各更正処分を「本件各処分」という。)。

2  本件各処分には、以下の述べる違法事由がある。

(一) 被告は、税務調査につき、事前通知もなく、かつ、調査理由の開示も行わず、また原告の同意を得ないままいわゆる反面調査を行う等、違法な調査に基づき本件各処分を行った。

(二) 本件各処分は、いわゆる推計課税であるところ、本件では推計課税を行う必要性が存在しない。

(三) 本件各処分のうち、原告の各申告総所得金額を越える部分は、原告の所得を過大に認定したものである。

3  よって、原告は、被告に対し、本件各処分のうち別表甲1の各年分の確定申告欄記載の額を越える部分の取消を求める。

二  被告

1  請求原因に対する認否

(一) 請求原因1の各事実を認める。

(二) 同2を争う。

2  主張

(一) 事前通知、調査理由の開示、反面調査への同意について

質問検査の実施の日時場所の事前通知、調査の理由の個別具体的な告知は、質問検査を行うための法律上の要件ではない。また、反面調査は、税務調査対象者の同意を得ることがその法律上の要件とされていない。

したがって、本件各処分は、税務調査の事前通知、調査理由の具体的告知、反面調査の同意などを欠くとしても、違法とならない。

(二) 推計課税の必要性

被告は、本件係争各年分についての原告の申告にかかる所得金額が適正なものかどうかを確認するため、所属職員を原告の所得税調査にあたらせた。

右職員は、昭和六〇年一〇月一四日から昭和六一年二月一四日までの間に、前後八回にわたり、原告の店舗あるいは自宅に臨場し、その際、あるいは電話で、原告に対し、本件係争各年分の事業所得の金額の算定の基礎となるべき帳簿書類等を提示するよう求めた。しかしながら、原告はその間、「第三者の立合いを認めよ」「調査理由を具体的に言え」「税務署に見せるために帳面をつけているのではない」「税務署に帳面を見せるつもりはない」等と申立て、帳簿書類等の提示要請に一切応じようとせず、終始調査に協力しなかった。

以上の経緯により、被告はやむを得ず、推計の方法により算出した金額に基づき本件各処分を行ったのであり、推計の必要性がある。

(三) 事業所得金額について

(1) 推計の合理性

被告が原告の本件係争各年分の事業所得金額の算定に用いた同業者の選定経緯及びその推計は、次のとおり合理的である。

イ 大阪国税局長は、被告に対し、本件係争各年分について青色申告により所得税の確定申告書を提出している者のうちから、本件係争各年分を通じて次の(イ)ないし(ト)のすべての基準を満たす者を抽出するよう通達指示したところ、被告が右抽出基準にしたがって抽出した同業者は、別表乙2記載のとおり九件であり、その売上金額、売上原価、売上原価率、一般経費、算出所得金額、算出所得率は別表乙2の1ないし3のとおりである。

(イ) 医薬品小売業を主として営む者(化粧品、日用品、洗剤等の雑品をあわせて販売する者を含み、たばこを販売する者を除外)であること、なお、医薬品は、漢方薬を主として取扱っている者でないこと。

(ロ) 右(イ)以外の業種目を兼業していないこと。

(ハ) 年間を通じて事業を継続して営んでいること。

(ニ) 事業所が自署管内にあること。

(ホ) 売上原価が、一、二〇〇万円以上、五、五〇〇万円未満であること。

なお、右売上原価の範囲は、事業規模の類似性を担保するため、原告の売上原価を基準に、上限を昭和五八年分の約二倍、下限を昭和五七年分の約半分としたものである。

(ヘ) 事業専従者を一名有すること。

(ト) 本件係争各年分の所得税について、不服申立又は訴訟が継続中でないこと。

ロ 右抽出基準によって抽出された同業者は、原告との業種業態の類似性、事業場所の近似性及び事業規模の類似性を具備しており、また、その申告の正確性について裏付けを有する青色申告者であるから、右抽出基準は合理性があり、これに基づいて、算出された数額は正確である。

そして、右同業者の選定は、大阪国税局長の発した通達に基づき機械的になされたものであって、そこに恣意の介在する余地がない。

したがって、右により選定された同業者の算出所得率は、正確性と不遍性とが担保されており、被告がこれらを用いて原告の本件係争各年分の事業所得を推計したことは合理的である。

(2) 原告の本件係争各年分の事業所得金額の算定方法は、以下のとおりである。

イ 売上金額

(イ) 原告の本件係争各年分の売上原価(仕入金額)の明細は別表乙3のとおりである。

(ロ) 原告の本件係争各年分の売上金額(別表乙1の売上金額欄参照)は、右係争各年分の売上原価を、別表乙2の1ないし3の各〈3〉記載の同業者の当該各年分の売上原価率(売上金額に占める売上原価の割合)の平均値で除して算出したものである。

ロ 算出所得金額

いずれも前記イの各売上金額に、別表乙2の1ないし3の各〈6〉記載の、同業者の当該各年分の算出所得率(売上金額のうちに占める算出所得金額の割合)の平均値を乗じて、別表乙1の算出所得金額欄記載のとおり算出した。

ハ 特別経費

(イ) 地代家賃

原告が店舗及び駐車場の賃借料として訴外株式会社西川産業に支払った金額であり、その明細は別表乙4のとおりである。なお、店舗家賃分については、店舗用建物全体の賃料は月三万円であるが、右建物が二階建てで店舗部分は一階のみと認められたので、その二分の一を特別経費として算定した。

(ロ) 支払利子割引料

原告が南京都信用金庫黄檗支店及び国民金融公庫京都支店に対し支払ったもので、その明細は別表乙5のとおりである。

ニ 別表乙1の事業専従者控除額欄記載のとおりである。

ホ 本件係争各年度の原告の事業所得金額は、算出所得金額から特別経費及び専従者控除額を控除したものであり、別表乙1の各事業所得金額欄記載のとおりである。

したがって、右各事業所得金額の範囲内で被告がなした本件各処分はいずれも適法である。

三  原 告(被告の主張に対する認否、反論)

1  被告の主張に対する認否

(一) 被告の主張二2(一)を争う。

(二) 同二2(二)の各事実のうち、宇治税務署の所属職員が、前後五回、原告の店舗や自宅に臨場したこと、右担当職員と原告との間で電話でのやりとりがあったことを認め、その余を否認する。原告は調査に協力しようとしたにもかかわらず、右担当職員が調査を進める努力を怠ったのである。

(三)(1) 同二2(三)(1)を争う。

(2)イ 同二2(三)(2)イ(イ)の売上原価を否認し、同(ロ)の売上金額を争う。

ロ 同二2(三)(2)ロの算出所得金額の主張を争う。

ハ 同二2(三)(2)ハの特別経費は、以下のとおり認否する。すなわち、

(イ) 同二2(三)(2)ハ(イ)のうち、店舗用建物の二階部分を住居として使用しているとの事実、及び昭和五七年分の駐車場賃借料が三万六、〇〇〇円であるとの事実を否認し、その余の事実を認める。

なお、右建物二階部分は、商品の倉庫として使用している。また、原告は、昭和五七年一月から同年一二月まで、駐車場を二台分借りているので、同年分の駐車場賃借料は七万二、〇〇〇円である。そして、共益費は毎月一、三〇〇円である。

したがって、原告の本件係争年分の特別経費のうち、店舗賃料、駐車場賃料及び共益費は別表甲2のとおりである。

(ロ) 同二2(三)(2)ハ(ロ)については、原告が本件係争年度に支払った利子割引料は別表甲3のとおりであり、これに一致する部分のみを認め、その余を否認する。

(ハ) なお、原告は、本件係争各年度にアルバイトを一人雇っており、これを特別経費に算入すべきである。その期間及び金額は、別表甲4のとおりである。

ニ 同二2(三)(2)ニの事業専従者控除額をいずれも認める。

ホ 同二2(三)(2)ホの主張をいずれも争う。

2  原告の反論

(一) 原告の特殊事情(被告の主張二2(三)(1)の推計の合理性に対する反論)

原告の店舗は立地条件が悪く、また、原告の売上げの中では雑貨の占める割合が比較的高い。そして原告は、利益ゼロのいわゆる仲間売りを相当数行っており、また、年に二回大安売りを行っている。さらに、原告は薬剤師の免許を持っていないため、調剤の売上げがなく、その上、原告は薬種商協会の理事をしているため多忙であり売上げへの影響が無視できない。被告の行った推計課税は、以上の原告の特殊事情を看過しており、合理性を有するとはいえない。

(二) 実額等の主張

原告の昭和五七年分ないし同五九年分の各事業所得は以下のとおりである。

(1) 総収入金額

昭和五七年分 三、四七二万四、六二四円

内訳 レジの売上金額 三、三八五万四、八七八円

病院売店卸分 五九万八、七〇一円

リベート 二七万一、〇四五円

昭和五八年分 三、四二六万五、六一三円

内訳 レジの売上金額 三、三三七万九、二五二円

病院売店卸分 五六万七、四八五円

リベート 三一万八、八七六円

昭和五九年分 三、三五〇万八、四六七円

内訳 レジの売上金額 三、二三九万八、二〇八円

病院売店卸分 七九万八、三六八円

リベート 三一万一、八九一円

(2) 売上原価

昭和五七年分 二、五〇四万五、〇一九円

昭和五八年分 二、七九七万二、一七五円

昭和五九年分 二、五八六万四、七三四円

(3) 経費

イ 一般経費

別表甲5のとおり。

なお、右は、別表乙2に基づき、同業者の各一般経費を各売上原価で除して算出された各一般経費率の平均値(別表甲6)を、原告の売上原価に乗じて算出したものである。

ロ 特別経費

昭和五七年分 一〇五万一、五八二円

昭和五八年分 一二三万一、七四三円

昭和五九年分 九五万二、五三二円

なお、それぞれの内訳は、地代家賃等について別表甲2、利子割引率について別表甲3、雇人費について別表甲4のとおり。

(4) 事業専従者控除額

被告主張のとおりである。

(5) 事業所得金額

係争各年分につき、

総収入金額-売上原価-経費-事業専従者控除額=事業所得金額

である。したがって、

昭和五七年分 四一七万一、〇七七円

昭和五八年分 一〇万二、六九五円

昭和五九年分 一七八万七、二〇一円

となる。

四  被告(原告の主張に対する認否、反論)

1  原告の主張に対する認否

(一) 原告の主張三2(一)のうち、原告が薬剤師の免許を持っておらず、調剤の売上げがないこと、年二回大安売りを行っていること、薬種商協会の役員となっていることを認めるが、多忙であること、仲間売りを行っていること、雑貨の売上げの割合が高いことはいずれも知らない。原告店舗の立地条件が悪いこと、原告主張の諸事情が推計の合理性に与える影響を争う。

(二)(1) 同三2(二)(1)の事実を否認する。原告主張のレジの売上金額、病院売店卸分及びリベート収入は、いずれもすべてを網羅した金額ではない。また、原告主張の売上金額から、フィルム、DPEの売上げ分、及び原告の家庭での医薬品や化粧品の消費分が欠落しており、過少な金額の主張となっている。

(2) 同(2)、(3)および(5)の各事実をいずれも否認する。

2  被告の反論(原告の反論(二)に対して)

原告は、売上金額及び売上原価を実額で主張しながら、一般経費については被告主張の同業者の一般経費率による推計額を主張する。

しかしながら、被告による推計課税を、所得の実額をもって争い、これを不適法とするためには、原告は収入と費用の全額の実額を立証しなければならず、費用の一部である一般経費につき推計額のみを主張する場合は、事業所得の実額の主張として失当であるというべきである。

第三証拠

証拠に関する事項は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  原告主張の請求原因1の各事実は当事者間に争いがない。

二  原告は、請求原因2(一)において、被告のなした調査手続が事前通知もなく、調査理由の開示もせず、また、また、原告の同意なしに反面調査を行った違法があり、この違法な調査に基づきなされた本件各処分もまた違法であると主張する。

しかし、調査に先立ち通知を行うこと、また、調査の理由の個別的、具体的な告知は、いずれも法律上調査の要件とされているものではなく、これらは、調査を担当する税務職員の裁量によるものであって(最判昭和四八年七月一〇日刑集二七巻七号一二一一頁、最判昭和五八年七月一四日訟務月報三〇巻一号一五一頁)、本件全証拠をもってしても、これをしないことが調査担当職員の裁量権の濫用であることを認めるべき事実は認められない。また、いわゆる反面調査をなすについて、税務調査対象者の同意を得ることが法律上の要件とされていると解することはできない。なお、調査の違法は当然に課税処分の違法事由に連なるものではなく、調査を全く欠くなどその違法性が著しい場合に限り、課税処分も違法となるが、そもそも原告主張の右違法事由はいずれもこの著しい違法性を帯びる性質のものではないし、本件全証拠によってもこれを推測させる事実は認められない。

よって、原告の請求原因2(一)の主張は失当である。

三  原告主張の請求原因2(二)及び被告の主張(二)の、推計課税の必要性について判断するに、乙第二八号証、証人村上俊英の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告の主張(二)の各事実を認めることができるから、被告が原告の本件係争各年分の所得税を算出するについて、推計課税を行う必要性があったと認められ、これに反する原告本人尋問の結果の一部は、前掲各証拠、弁論の全趣旨に照らし遽かに措信できず、他にこれを動かすに足りる証拠がない。

四  請求原因2(三)、被告の主張二2(三)、原告の反論につき判断する。

1  被告の主張二2(三)(1)及び原告の反論(一)につき検討する。

(一)  証人小鷹博の証言、これにより真正に成立したと認められる乙第五号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。すなわち、

被告は、原告の事業所在地である宇治税務署管内の同業者のうちから、昭和五七年ないし昭和五九年を通じて次の(1)ないし(7)のすべての基準に該当する者を抽出し、その結果、九名の対象者(同業者)が得られた。

(1) 医薬品小売業を主として営む者(化粧品、日用品、洗剤等の雑品をあわせて販売する者を含み、たばこを販売する者を除外)であること、なお、医薬品については漢方薬を主として取扱っている者でないこと。

(2) 右(1)以外の業種目を兼業していないこと。

(3) 年間を通じて事業を継続して営んでいること。

(4) 事業所が自署管内にあること。

(5) 売上原価が、一、二〇〇万円以上、五、五〇〇万円未満であること。

なお、右売上原価の範囲は、事業規模の維持性を担保するため、原告の売上原価を基準に、上限を昭和五八年分の約二倍、下限を昭和五七年分の約半分としたものである。

(6) 事業専従者を一名有すること。

(7) 本件係争各年分の所得税につき、不服申立又は訴訟が継続中でないこと。

右基準により選定した同業者九名の本件係争各年分の売上金額、売上原価、算出所得金額、これを基礎に算出した同業者の原価率、所得率は別表乙2の1ないし3のとおりである。

(二)  右認定事実によれば、右同業者の選定基準は、業種の同一性、事業場所の近接性、業態、事業規模の近似性等の点で同業者の類似性を判別する要件としては合理的なものであり、その抽出作業について被告あるいは大阪国税局長の恣意の介在する余地は認められず、かつ、右の調査の結果の数値は青色申告書に基づいたものでその申告が確定しており信頼性が高く、抽出した同業者数も九名であることから、各同業者の個別性を平均化するに足るものということができる。したがって、右同業者の平均原価率及び平均算出所得率を基礎に算出された原告の本件係争各年分の所得金額の推計には特段の事情がない限り、合理性があるものというべきである。

(三)  原告は、右推計の合理性を妨げる原告特有の個別的事情として、前示事実摘示欄第二の三2(一)の事情を主張するので、以下この点につき検討する。

(1) 原告は、利益ゼロの仲間売りが相当数あったと主張し、甲第六二号証及び原告本人尋問の結果の一部にはこれに副うところがあるが、これは単なるメモ書きないし抽象的供述で、相手方や取引金額を示しておらず、またこれを裏付ける的確な証拠がなく、まして、右仲間売りが相当数あったとの事実は、本件全証拠によっても、これを認めるに足りない。

(2) 原告に調剤の売上げがないことは当事者間に争いがないが、弁論の全趣旨により真正な成立が認められる乙第二九号証によれば、調剤を行う薬店と調剤を行わない薬店とで、その利益率に著しい差異がないことが認められる。

(3) 原告が本件係争各年において薬種商協会の理事となっていたことは、当事者間に争いがないが、これが売上げに対し有意の影響を及ぼすほどに原告が多忙であったという原告の主張に副う原告本人尋問の結果の一部は、その裏付証拠もなく、当時原告は非常勤理事であったことなどに照らし、遽かに措信できないし、他にこれを認めるに足りる的確な証拠がない。

(4) 原告はこの外、原告の立地条件の悪さ、雑貨の売上割合の高さ及び調剤売上げの欠如などをいうが、推計による所得金額の算出において、推計、平均値の性質上、同業者との間に通常存在する程度の営業条件の差異は、平均値の中に吸収され、これを捨象し母集団の代表値である平均値を持って推計することが許されるところ、本件につき、調剤を行う薬局とこれを行わない薬店との間に著しい利益率の差異があるとか、原告が、他の同業者との間に通常存在するばらつき以上に他の同業者に比し雑貨の売上げの割合が著しく高いとか、特に立地条件が悪いという、原告主張に副う原告本人尋問の結果の一部は、その的確な裏付証拠もなく、その証言内容の不確実さ等弁論の全趣旨に照らし遽かに措信できず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠がない。したがって、原告の右主張は採用できず、前示推計の合理性を動かすことはできない。

2  次に、被告の主張二2(三)(2)の事業所得金額の主張につき検討する。

(一)  売上金額

(1) 弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第五ないし第二六号証、及び弁論の全趣旨によれば、被告主張のとおり、原告の昭和五七年分の売上原価は二、四四七万八、八三三円、昭和五八年分の売上原価は二、七五三万八、三五八円、昭和五九年分の売上原価は二、五六三万三、三〇六円であると認められる。

これに対し、原告は、売上原価を昭和五七年分二、五〇四万五、〇一九円、昭和五八年分二、七九七万二、一七五円、昭和五九年分二、五八六万四、七三四円として、被告の主張額を上回る金額を主張しているので、少なくとも被告主張額の限度の売上原価があったことについては、当事者間に争いのない事実として、これを確定することができ、この争いのない範囲の係争各年分の売上原価の数値に、同業者の同各年分の平均結果率を乗じて売上金額を算出した被告の推計には合理性がある。原告が右金額を上回る売上原価を主張しても、それは売上推計額を増加させるのみであり、却って原告に不利になる関係にあるから、原告の右主張は推計の合理性を争う主張として、理由がなく失当である。

それのみならず、原告主張の売上原価(仕入金額)は、甲第二号証の仕入金額を主張するのみで、これが仕入原価のすべてであることを示す的確な証拠がなく、西川商事株式会社の返品三万三、一二八円について甲第一三〇号証ないし第一五一号証のいずれにもこれに対応するものがなく、甲第二号証の原始証拠とされる甲第一三四、第一三六、第一四二、第一四八ないし第一五〇、第一五三、第一六一、第一六六ないし第一六八号証の金額と甲第二号証の仕入金額とは一致しないし、現金仕入れと称し納品伝票がないものもある(原告本人第九回口頭弁論実施分九丁裏、甲第一三〇号証の一〇)。

したがって、原告主張の売上原価がそれを洩れなく計上した正確な売上原価全額の実額であるとはいえず、これをもって推計の基礎となる被告主張の前示売上金額の認定を動かすに足りない。

(2) そして、右認定の係争各年分の売上原価に、別表乙2の同業者の本件係争各年分の平均原価率を乗じてあられる原告の売上金額は、被告の主張(三)2イ(ロ)にいう別表乙1の売上金額欄の各金額と同額である(別表丙1売上金額欄)。

(3) なお、原告は、その反論(ニ)において、経費については実額を主張せず、売上金額の実額のみを主張しているが、後記3のとおり、実額反証による推計の合理性を争うためには、収入と経費の全額についてその実額を主張立証することが必要であって、売上金額のみの実額を主張してこれを争うことはできないから、その主張理由がないばかりか、次のとおり、その主張の売上実額自体、売上全額の実額を示すものではない。

イ レジの売上金額について

原告は、レジの売上金額について、昭和五七年分は三、三八五万四、八七八円、同五八年分は三、三三七万九、二五二円、同五九年分は三、二三九万八、二〇八円と主張する。しかしながら、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨に照らし、甲第一七九号証の一及び第一八〇号証の一のレジ・ペーパーにも幾つかの記載洩れがあると認められるので、その正確性及びそれらが本件係争各年分のレジ・ペーパーの全てであると認めることはできない。したがって、各原告主張の売上金額を認めることはできない。

ロ 病院売店卸分及びリベート収入について

いずれも、本件全証拠によるも、原告主張額が右卸分及びリベート収入の洩れのないすべての実額であると認めるに足りない。

ハ フィルム、DPEの売上げについて

原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、原告にはフィルムの仕入れ、DPEの取引が継続的にあり、約二割の粗利があることが認められる。しかしながら、原告主張の右売上金額のうちにフィルムの仕入れ及びDPE取引に対応する売上金額が含まれているとは、本件全証拠によってもこれを認めるに足りず、原告の右主張の売上金額には、このフィルム、DPEの売上金額が洩れており、この面からも右原告主張の金額が計上洩れのない正確な売上全額の実額でないことが明らかである。

ニ 家事消費分について

原告本人尋問の結果によれば、原告に家庭において医薬品や化粧品が自家諸費されることがあるが、その分は原告主張の売上金額に計上されていないことが認められる。

ホ 以上によれば、原告は、昭和五七年分の売上金額を三、四七二万四、六二四円、同五八年分の売上金額を三、四二六万五、六一三円、同五九年分の売上金額を三、三五〇万八、四六七円であると主張するが、これが売上金額の全部を洩れなく示す正確な実額であるとは到底認められず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠がない。

(二)  算出所得金額

右認定に係る係争各年分の売上金額に別表乙2の1ないし3の同業者の平均算出所得率を乗じて得られる原告の算出所得金額は別表裁1算出所得金額欄記載のとおり、被告主張の算出所得金額欄記載の各金額と同額である。

(三)  特別経費

(1) 地代家賃等

イ 店舗賃料

原告の店舗用建物の賃料が、本件係争各年度を通じて月三万円であったことは当事者間に争いがない。

他方、本件係争各年において本件店舗用建物の二階部分が住居として用いられていたとの事実は、全証拠によっても認めることはできず、かえって、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和六二年三月に白内障の手術をして退院した後短期間本件店舗建物において寝泊まりしたことがあるものの、これを除いては原告ないしその家族が右建物において継続的に生活したことがないと認められる。

したがって、右建物の賃料は、原告主張のとおり、その全額を特別経費に算入し、別表裁2店舗賃料欄のとおりとなる。

ロ 駐車場賃料

昭和五八年分及び同五九年分の駐車場賃料については当事者間に争いがない。

同五七年分の駐車場賃料につき判断するに、原告本人尋問の結果によれば、同五七年当時原告は自動車(コロナマークⅡ)を一台だけ所有していた事実が認められるので、一台分の駐車場賃料のみを特別経費に算入する。

したがって、別表裁2駐車場賃料欄のとおりとなる。

ハ 共益費については、原告は月一、三〇〇円とするのに対し、被告において月一、八〇〇円と主張するので、被告主張額により計算する。

したがって、別表裁2共益費等のとおりとなる。

ニ 以上の合計が特別経費となる地代家賃等であり、別表裁1地代家賃欄記載のとおりとなる。

(2) 利子割引料

弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第二四、第二五号証によれば、被告主張の利子割引料が認められる。

したがって、別表裁1支払利息欄のとおりとなる。

(3) 雇人費

証人村上俊英の証言により真正な成立が認められる乙二八号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告方店舗では、原告、その妻、長女の二、三名が働いていたもので、その他に使用人を常時雇用する必要性もなく、本件係争各年度において原告はアルバイト等の雇人を雇っていたという原告の主張は認められず、原告本人尋問の結果のうち右主張に副う部分は、前掲各証拠、弁論の全趣旨に照らし、遽かに措信できない。

(4) 以上の地代家賃等及び利子割引料を合計したものが特別経費となり、別表裁1特別経費欄記載のとおりとなる。

(四)  事業専従者控除額については、当事者間に争いがない。

(五)  以上の各事実によれば、原告の本件係争各年分の事業所得金額は、算出所得金額から特別経費額及び事業専従者控除額を控除した額であるから、別表裁1の事業所得金額欄記載のとおりとなる。

3  原告の反論(二)(実額等の主張)について

原告は、売上金額については実額を主張するものの、経費については、売上原価に同業者の一般経費率を乗じて一般経費の推計を主張している。

しかしながら、所得の実額を主張して推計の合理性を否定する、いわゆる実額反証は、所得の実額が推計課税における所得の推計額よりも少額であることを主張、立証することにより、その実額の反証をもって所得の推計の過誤を正そうとするものであって、収入と経費は相互に密接な関連を有する対応関係にあり、一方のみを実額で主張したのでは、所得の実額を把握できないから、いわゆる実額反証により推計の合理性を争う者は、収入と経費の双方の実額を明らかにし、その主張する所得実額が計上洩れのない所得のすべてであることを実額をもって立証すべきものである。

したがって、売上金額についてのみ実額を主張し、経費については推計の方法によるとの原告の主張は、推計の合理性を争う実額の反証としては不十分であって、主張自体失当である。

4  以上によれば、本件各処分は、2(五)のとおり推計により算出された原告の本件係争各年分の事業所得金額の範囲内でなされた適法な処分であって、これに違法な点はなく、請求原因2(三)は理由がない。

五  結論

以上のとおり、原告の本件各請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 菅英昇 裁判官 佐藤洋幸)

別表甲1

課税の経緯

〈省略〉

別表 甲2

地代家賃目録

〈省略〉

別表 甲3

支払利子割引料目録

〈省略〉

別表 甲4

傭人費目録

〈省略〉

別表 甲5

一般経費

〈省略〉

別表 甲6

一般経費率(=一般経費÷売上原価)

〈省略〉

別表 乙1

事業所得金額の計算

〈省略〉

別表 乙2の1

同業者率明細 (昭和57年分)

〈省略〉

別表 乙2の2

同業者率明細 (昭和58年分)

〈省略〉

別表 乙2の3

同業者率明細 (昭和59年分)

〈省略〉

別表 乙3

売上原価(仕入金額)の明細

〈省略〉

別表 乙4

地代家賃の明細

〈省略〉

別表 乙5

支払利息の明細

〈省略〉

別表 裁1

事業所得金額の計算

〈省略〉

別表 裁2

地代家賃の明細

〈省略〉

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